凍苑迷宮図
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 



今年の寒波は半端なく、
特に降雪の量は
何十年かぶりという数値をあちこちで記録しており。
都心や太平洋側の土地でも、
昼間の雪がうっすらと積もるほどという日があったくらい。

 「……。」

ほどよく暖められた室内とそうまで気温差があるものか、
窓には早くも露がついての曇っており、
その傍らに敷かれたラグの上に寝そべって、
キャラメル色の毛並みを明るく浮き上がらせていた、
ちょみっと大柄なメインクーンちゃんが、
何を感じ取ったか持ち上げた頭を、
ふるるっと埃でも振り飛ばすように振ってから、
むくり起き上がると、部屋の奥へと小走りになって向かう。
広々とした屋敷と庭の中だけで十分なテリトリとなっているため、
遠出をしないのが祟ってか、
なかなかにグラマラスな体型になっちゃあいるが。
そこはさすがに猫だけあってか、
音もなく駆ける足取りは軽やかだったし。
何と言っても小さな存在なだけに、
すぐ足元をすすすっと駆け抜けられてから
“あらこんなところに居たの?”と
擦れ違ったり、追い抜かれた後から気がつくという
そんな順番になっても無理はなく。

 「……くう。」

期末考査も終えての、後は終業式の日まで試験休みという身の上ながら、
その途中、三月の頭には卒業式があるがため。
見送る側の在校生たちも、
式次第にかかわる顔触れは少し多い目に登校日があって。
こちらのお宅の久蔵お嬢様は、
合唱部の伴奏を担当なさっておいでゆえ、
式の中での校歌や賛美歌を斉唱する部員らと共に、
打ち合わせや練習にと
週に数度ほどという頻度で学校へも顔を出しておいで。
今日もその登校日にあたるため、
朝は苦手な身ながらも、早めに起き出して制服に着替え、
主治医の指導の下、
お抱えシェフの手により用意されたヘルシーな朝食を食べてから、
ミルクティーを傍らに、食休みをとのんびり構えておいでだったのだが。
可愛がっておいでのメインクーンちゃんがやって来たのへ
おやと素早く気がついて、
最後の一歩、
ぴょ〜いっと飛び上がって来たお嬢さんをお膝に受け止め、
いい子いい子と毛並みを撫でて差し上げる。
早起きは苦手だが学校は好きだし、
単なる登校日なので退屈な授業はないしで、
ちょっと見 無表情ながらも、実は楽しみでしょうがない彼女であり。

 「あらまあ、お嬢様。」

そろそろお出ましですのに、くうちゃんはいけませんと、
様子を見にいらした女中頭のご婦人が、困ったように苦笑をし、
同じ“中リビング”に実は控えていたメイドさんへと目配せを送る。
たとえ気がついていても、勝手に指示のない行為をするのは
却って差し出がましいこととなるのがこういう場面の基本だそうで。
だからだろうか、かすかな目配せだけで意を酌めた彼女、
はいと頷き、傍らの整理棚からブラシを手に取ると、
しずしず歩み寄ったお嬢様の制服から、
そおっと、だが手際よく、
猫の毛を払って差し上げる流れの見事さよ。
くうちゃんの方は女中頭のご婦人の腕の中へと引き取られており。

 「さあ、そろそろお時間でございます。」
 「…。(頷)」

別なメイドさんが運んで来られたコートをまとい、
玄関ホールの大きな姿見で全身のチェックをし。
丁寧に磨かれた靴へと足を入れ、これは自分で用意したカバンを手に、
見送りにとここまでを出ておいでの家人の皆様に小さく会釈を送ってから、
玄関ドアへと足を向ける。
シックなデザインの大きなそれは、
決して自動ドアなどではないのだが、
やはり控えておいでだったメイドさんの手で
開けていただくという至れり尽くせり。
今や日本有数のそれとまでなった、
ホテルJに代表される三木コンツェルンの主家だもの、
このくらいは当然のこととして揃えられたる基本の手際。
レンガ色のテラコッタを敷いたアプローチポーチへ出れば、
そこでもまた、
居合わせた庭師の方や自家用車専任の運転手の皆様が、
お嬢様の学校へのお出掛けを見守っておいで。

 「お嬢様、雪が降り始めております、お車をお出ししましょうか?」

自家用車による登校は、原則として校則では禁じられていること。
それに、日頃からもこうまでの格のお嬢様には珍しいほど、
こちらの久蔵お嬢様、車での外出というのは選ばぬお人であり。

 「〜〜〜。(否、否)」

やはりゆるゆるとかぶりを振っての辞退を示されたものの、
そのまま襟元に巻かれたカシミアのマフラーに頬を寄せる所作の、
何とも可憐で優雅なことか。

 “う〜ん。なんて優美であられることか。”
 “お小さいころから女学園に通っておいでだが、
  共学だったら毎日がえらい騒ぎになってただろうなぁ。”

その幼い頃から見守って来た古株から、最近お勤めを始めた新顔まで、
表情は薄いながらも、軽やかな金の髪に白い頬、
それは引き締まった痩躯に、行儀のいい指先と。
繊細華麗な風貌をなさっておいでのお嬢様には、
誰も彼もが視線を集めずにはいられない。
特に気取ってもいなければ、逆に乱暴無作法でもない、
躾けの行き届いた毅然とした態度にて振る舞うお嬢様なのが、
我がことの誇りのようにさえ思える皆様であるようで。
とはいえ、

 「…っ。」

ハッとし、立ち止まった彼女だったのへ、
如何しましたかと声をかけかかった運転手が、そのまま駆け出し、駆けつける。

 「何者だ、ここを何処だと…。」

上背がやや勝ることからだろう、
何とか間に割って入っての衝立になり、
無作法な侵入者のお嬢様への接近を防ごうとする彼であり。
そう、そこにいたのは、
この屋敷の人間ではない顔触れの、つまりは“不法侵入者”の二人連れ。
塀も高く、警備もそれなりに整っているはずのお屋敷の、
前庭へ勝手に入り込んでいるなぞと、不審極まりない相手には違いなく。
ましてや、か弱きお嬢様に迫るなんて言語道断。
お姿を見せるのも勿体ない、声さえ聞かせるものかと、
身を呈しての障壁を構えるのは当然の運びだったが、
相手も人が増えたくらいでは、
そうそう引かぬ心積もりであったようで。

 「失礼は承知でお聞きしたいことがあるんですよ。
  この写真の…。」

二人組の片方がそうと言って薄い小冊子を取り出す傍ら、
連れのカメラマンらしいのが、一眼レフのデジカメを久蔵へと向けた。
撮影したもん勝ちだという乱暴な魂胆を、今まで誰にも非難されなんだのか、
それとも、そんな野放図だからこそ一流誌には縁がない輩なのか。
大ぶりのレンズつきカメラを
サブマシンガンのようにぶんと振り向けて来たものだから、

 「…っ。」

金の髪や白い頬によく映える、濃紺の清楚なコート姿のお嬢様。
怖がって“きゃあ”と身を竦めるかと思いきや、
じっとしていたのは ただ立ち尽くしていたわけじゃあない。
どうやら静かに相手の様子や間合いを図っていらしたようで。
そのまま白い両手で提げていた、かっちりした型の学生カバンを、
ぶんと体の横手へ泳がせ、大きく反動をつけて見せたので。
そちらへもハッと何かしら気づいてしまった庭師のお一人が、

 「…っ、お嬢様を誰かお止めしろっ!」

あたふた慌てて飛び出して来たから、
………大変だぁ、傍づきの方々も。
(苦笑)




      ◇◇



 「ヘイさんや、何だかさっきから雪がちらついておるぞ。」

下宿先の大家さんにして、
実は許婚者でもある、当家の主人、片山五郎兵衛が、
暖め直した切り干し大根の煮付けを手に居間の卓袱台まで戻って来た。

 「あらま。道理で窓が曇ると思いました。」

部屋の中はそれは暖かだったので、
そんな気配になぞ気づかなかったのも無理はなく。
小さめの手へ沿う丸みが愛らしい、
外側は淡い桃色の白磁のお茶碗を手に、
無邪気に小首を傾げる様子が、これまた何とも愛らしい。
そんな天真爛漫なお嬢様へ、

 「外の様子なぞ眺めてもおらぬくせに。」
 「えへへぇ。
  だって、美味しいおかずに、ついつい迷ってばかりなんですもの。」

朝ご飯はしっかり食べるべし、というのは、
生国であるアメリカにいた頃からの習慣だし。
祖父母が日本人という一家なので、和食も当たり前に食卓には上っており、
納豆も梅干しもたくわんもお馴染み、
お米も大好きという平八にとって。
料理の天才、名シェフでもある五郎兵衛とのこの同居は、
体重増加だけが怖いという何とも幸せなそれに他ならず。

 “いやいや。食事だけを言われても困りますが。”

そうそう、そうでしたね。
こちらの赤毛の天才少女の一番の目的は、
お料理ではなくそれを生み出すお人本人。
何たって、
アメリカでたまたまという出会いをした折からの一目惚れだったのへ、
実は“前世”でも苦楽を共にした運命の人でもあったのだと
後から思い出しての判ったものだから。
そちらの出会いでは悲しい別れ方をしたの、
神様が気を利かせて“やり直しなさい”と采配してくれたのかもと、
そんな形の確信まで得てのますますのこと、
お兄さんへの“好き好きvv”な気持ちに拍車が掛かったお嬢さん。
多少 行動的なところが過ぎるかも知れないけれど、
それでもそんなに見劣りのする身じゃあないはずなのにな。
何よりもゴロさんの方からだって、
前の“生”の頃からも 気になってたお人だったって、
忘れることは適わなかったって言ってくれたっていうのにね。
同じ屋根の下で暮らしていながら、
だってのに、あんまり積極的な接近はしてくれないのが時々焦れったい。
髪を撫でたり、熱はないかとおでこに触れたり、
屋根裏の物置への出入りには
こちらの腰を両手で支えて抱え上げたりもしてくれるのに。
それ以上の“ぎゅう”とか“ちう”とかは、
まじない札でも張ってあるのか、それはナチュラルに避けてしまわれるから、

 “…やっぱ、こっちからってことなのかなぁ。”

ゴロさんて優しいから無理強いになりそうなことは出来ないとか。
それともそれとも、
私の側に妙な噂が立っては困るだろうというの、
優先してくださってるとか?

 “そんなこと言ってたら、あっと言う間に女子高生じゃなくなりますよ?”

一番 瑞々しい頃合いだってのに、
逃したら二度と戻って来ないっていうのにねぇ。
あ、それともゴロさん自身も熟した年頃がお好みなのかしら?
周囲に ああまでラブコールして来るお姉様がたがいようとは、
努々
(ゆめゆめ)思わなかったもんなぁ…などと。
放っておけばややこしい悋気にまで発展しそうなことをば、
ついつい思ってしまったもんの、

 「ほれ、ヘイさんの好きな梅酢のたくあんだぞ?」
 「あ、嬉しいvv」

今の自分よりずんと年上で、
今の“生”でも世界中を歩き回ってたという豊かなキャリアの持ち主で、
屈強精悍な風貌もあの頃と変わってはないところへ、
あの頃はよくは知らなかったが、実はお料理の腕前も素晴らしく。
そしてそして何よりも、

 「…何ですよぉ、そんなじっと見たりして。//////」
 「いやなに。愛らしいもんだのと。」

粋でもないし、わざとらしくもない、
だからこそ本心と判る言いようで、
そんな甘いお言いようを、ざっくりと臆面もなく口にもする。
二人っきりの場、真正面へと座ったままで、
目許を細めて、にっこり笑って言われてしまっては、

 「〜〜〜〜〜。/////////」

ああああ、きっと久蔵殿が兵庫さんから甘やかされたら、
こんなお気持ちになっているのかな。
何てお返事すればいいものか、
そうまで内気な性分じゃあないはずなのに、
口許は によによとほころぶばかりで、何も紡げない不甲斐なさ。
何より嬉しくてたまらないってのに、
同時にどっかへ駆け出してゆきたいような気分にもなるし…で。

 “でも…嫌な気分じゃあありませんよねvv”

それこそ他に誰が見ている訳でなし。
もうもうゴロさんたら、おクチがお上手なんだからぁと。
照れ隠しにご飯を掻き込んでしまう、お茶目なお嬢さんだったりもする。
そうして頂く、美味しい朝ご飯の傍らには、
これも五郎兵衛さん謹製の、
それは手を尽くしたお弁当が用意されており。
1つ1つにデンブやゆかりや青菜で色付けしてある五色おむすびだったり、
海苔の中敷きで仕切られた上と下とで酢めしとゴマ塩ごはんになっており、
添えられてあるおかずも別という変わり重ね飯だったり、
毎日様々に工夫のされたお楽しみが待っているという次第。
今日は授業ではなく卒業式準備の登校日だが、
それでも平八が担うのは、式場や関係者それぞれの控室の飾り付け。
しかも、素案を出しただけに止まらず、
生け花用の台座や
インテリアとしての置物も兼ねた、式次第をおいておく台など、
素材を集めての製作にも当たっておいでなものだから。
興が乗れば何時間でも掛かっている日があったりし、
そこでと持たされておいでだというワケで。

 「…さて、それじゃあ。」

まったりと焙じ茶なんぞ頂いての食休めをとってから、
一応の用心、食後の歯磨きをし、
洗面台の鏡にて、
髪やら肌やらお口回りやらの最終チェックを入れると、

「じゃあ、行ってきますね。」

シックなセーラー服の上、学園指定のコートを羽織り、
道具入れだけを入れたカバンを提げて、
玄関の上がり框までをぱたぱたたと急ぐ、ひなげしのお嬢さん。
外観やら仕様やらはいかにもな日本家屋で、
別な土地にあった純和風の古民家を譲り受け、
こちらへ移築したという凝った代物。
なので、古民家ファンや民族学の教授せんせえなどが
時折見学にお越しになったりもするそうだけれど。
その立て替えのおりに、
耐震やら防寒やら、様々な今時の工法も取り入れてもいるがため、
実は…基礎やら骨組みやらは、先進のそれだったりするこちら様であり。

 「遅くなるようだったら連絡しますね?」
 「ああ。気をつけてな。」

学園まではほんの目と鼻の先も同然だが、
それでもというこのお互いへのお声掛けは毎朝のこと。
平八が小まめに連絡を入れるのは、
どっちかというと“つぶやき”の延長のようなものでもあったが、
昼間は忙しくなる身でありながら、それでもちゃんと眸を通す五郎兵衛殿なのへ、
彼女の側でもきちんと気がついているものか。
本人へは言わないことも結構一杯おありなようで、
例えば、今朝も怪しい輩が徘徊していたものだから、
つい手が滑ったまでだがのと、
ぱかりぽこりと撃退しのお片付けをして来たばかり。
放課後や土曜日曜にどういう伝手で来たものか、
平八と同世代くらいの青少年が
下手なりにさりげなくを装って
店の周辺をうろうろしていることもあるけれど、
そっちは大して罪がない、むしろ微笑ましいくらいなので。
よほどに怪しい思い詰め少年でもない限りは、
平八自身の判断に任せればいいかと放置していたりするものだが、

 “カメラ持参の、あれは職業記者という雰囲気だったからの。”

しかも、前以ての連絡を一切入れずというのは、
こっちを 取材と聞けば“へへぇとひれ伏す”ような、
ずぶの素人相手と舐めてかかって高をくくっている、
三流雑誌の人間だという何よりの証し。

 “そも、あの学園の在校生だということはと、
  色々なこともピンとくるもんじゃあなかろうか?”

当人はともかく、同級生の中には
そういう存在を煙たがる筋の家庭のお嬢様だって少なくはない。
よって、行動するよりずっと前から、
そこへは無闇矢鱈と近づくなという
上層部からのクギが刺さっていての“禁苑”扱い。
軽はずみな取材なんてのはご法度になっているのが常套なはずだのにね。
よって、どこに通っておいでかを判っていての突撃取材敢行なんてのは、
そういうところへのコネがないような、
マスコミの世界でも最も底辺の、
三流紙の人間ですよと自ら表明していたようなもの。

 “学校のほうへも連絡を入れておいた方がいいものか。”

まさかに向こうへまで出向きはしなかろうが、
こうまで物知らず、恐れ知らずの恥知らずな人間ならば、
登下校の途中にも出没しかねぬなと。
それも心配だったため、
やや手加減が足らぬ扱いをした怪しい連中だったのだけれど。
それをもって訴えを起こしたいなら掛かって来いやと、
鷹揚そうに見せといて、案外 攻勢果敢なお顔もお持ちな、
八百萬屋のご店主殿だったりするのであった。





       ◇◇



今日も冷え込む1日となるのか、
朝一番は晴れ渡っていた空も、
今は少々どんよりとした色合いの雲が垂れ込めており。
鈍色とまでの暗さではないながら、
今にも雪の欠片が舞っても不思議はないような、
きしりと冴えた空気が張り詰めている。
そんな屋外へと出て来たそのまま、
溜息のような吐息を一つついたのが、
当家の一人娘にして、
日本画界の大家・草野刀月氏がそれは溺愛しておいでの、
七郎次というお嬢様。
両親共に純粋な日本人だというに、
どういう奇跡か、それとも神様の悪戯か、
彼女の髪はそれはつややかな金色で。
双眸の虹彩も、秋の空を凝縮したようなそれは澄んだ青と来て。
当時は刀月氏がまだまだ中堅どころに過ぎなかったこともあり、
両親の周辺のあちこちで、
中傷まがいの好き勝手なこと、
吹聴するお人もいなくはなかったという話だったが。
そんな馬鹿な流言には、
それこそ馬鹿馬鹿しいと耳を貸さなかったご夫妻でもあって。
だってこんなにも父方の血統を引き継いだ目鼻立ち、
元は華族の筋でもあったという、
その草野家独特の顔立ちをしていた彼女だったため。
大方、色素の薄い身として生まれただけのこと、
そんな流言を取り沙汰するよりも、
もしかして体が弱い子かも知れぬ、そちらをこそ用心してやらねばと、
親族の愛情には事欠かぬ中で、それは大切に育てられ、
虚弱どころか、物心付くころには
誰に刺激を受けたやら、文人ばかりなお家には珍しく、
茶道や華道には興味を示さず、琴や能にも知らん顔の彼女、
竹刀を握ってのやっとおを始めたというから、
実はとんだ跳ねっ返りだったワケでもあって。
自分の風貌をからかった腕白を、あっさりと薙ぎ倒したほどの女剣士は、
今や高校剣道界の鬼百合として、
全国レベルで有名にもなっているのだけれど。

 「勘兵衛様?」

ちょっとした茶道か華道の本山のお宅かしらと思わせるような、
日本家屋独特な、瓦屋根の乗った大門が、
どっしりと表通りに向かって構えられたるお屋敷の前。
耳門とよぶには二間もという広い間口のそれ、
白木の格子戸の向こうに望めるなだらかなスロープを、
コート姿の少女が一人、ゆったりと、だが軽快な足取りで降りて来て。
最寄りの駅を目指して閑静なお屋敷町の朝の静けさの中へと出て来たそのまま、
少し離れたところに立っていた存在へと気がついて。
その途端というなめらかな変わりよう、
水をよく染ませた画布へ朱の筆先を触れさせたかのように、
色白端正な細おもてが、
含羞みと喜色とでそれは温かな微笑みに染め上げられる。
それでなくとも、髪の色も肌の色も金と白という淡さ、
そこへと差した仄かな緋色は、
あまりにも判りやすい甘い色合いであり。
コートの濃色になお細く見える儚げな肢体の、
マフラーを巻かれた襟元へ細い顎を埋めた姿も可憐な、
こうまでの美少女が見せた、
それはそれは甘く柔らかなほころばせようだったのへは、

 「………うむ。」

お声をかけられた当事者も面食らってしまったようで。
照れが半分だろう、口の中にてくぐもらせたようなお声を返し、
だがだが、彼女が駆け寄るのへは、
それが張り込みならば支障もあったろうに、
特に避けるようでもないまま、その場で待ってやるようではあって。

 「どうされましたか? こんな早くに。」

彼がその傍らに立っていたセダンは、彼の自家用の車で、
警視庁登録の覆面パトなどという警察車両じゃあない。
休みの日などに乗せてもらったこともあるので、
その見分けはあっさりとついた七郎次。
たかたかという小走りで、顔見知り…以上の感情にて慕う、
ずんと年上の壮年殿。
警視庁捜査課勤務の警部補、島田勘兵衛殿のすぐ傍らへまで、
素直に駆け寄ってしまったのだけれども。

  そんな間合いをわざわざ見計らっていたものか。
  一見すると教師と教え子、
  いやさ、親子ほどもの年の差があるこの二人の、
  間柄までもを知っていてのことなのか。

あと少しで互いへ手も届こうというところまで、
間合いが狭まったその瞬間に、

  「……っ。」

もしかして、それをこそ恐れていてのこと、
警戒の意味もあっての張り番をしていた彼だったのか。
いきなりハッとした表情の変化へ、

 「か…?」

勘兵衛さま?と、再びの訝しげなお声を掛けようとした少女の腕を、
唐突に、しかも荒々しく掴み取る。
これまでに一度としてなかったほどの手荒な所業で、
しかも、随分と力を込めての引っ張りようだったので。

 「い…痛い。」

コート越しでも、男性の本気の力で鷲掴みにされると、
こうまでの威力となるものかと。
思わずの悲鳴を上げた七郎次であったものの、
そのままぱふりと取り込まれた空間がどこかに気づくと、

 “え……?/////////”

今度は一気に、全身が熱く煮えそうになった。
頬へとあたった、到底なめらかとは言い堅いごわついた感触は、
相手のまとうコートの表地の質感であり。
引っ張り込まれただけじゃあない、
腕から離れた相手の手は、自分の背中へと回されていて、
そうやって頼もしい腕にてくるりとくるみ込んでの掻い込まれたのは、
何と勘兵衛の懐ろの中だったから。

 「あ、あのあの…。///////」

有無をも言わさずとは正にこのこと、
何の説明も目配せもないままの強引に、
頼もしい屈強な筋骨で支えられた、それはそれは男臭い懐ろへ、
いきなりの突然、包まれてしまった驚きが、
まだ高校生という少女の華奢な総身を一瞬にして駆け巡る。
見ず知らずの相手じゃあない。
それどころか、日頃からも好いたらしいと思ってやまぬ、
憧れの…いやいや、最愛の異性という存在であり。
しかもその上、
前世から続く不思議な縁
(えにし)を持つ間柄なのだと判りもしたのに。

 だって言うのに、
 年齢といい、生まれといい、
 今現在のそれぞれの日常の基盤といい。
 お互いの立場があまりに掛け離れている間柄であるせいか。
 それとも異性には実はここまで押しが弱いお人であったのか。

よほどに必要でない限り、
手さえ握ってくれない素っ気ないお人であったものだから。
好きという気持ちばかりが膨らみ過ぎて、
実際に当人と向かい合うと、
常からの大胆な想いもふしゅんと萎えての
言いたいことが半分ほどしか言えなかったり。
そうかと思えば、そんな日々から少しずつ蓄積されたそれなのか、
大胆にもほどがあるよな、
超マイクロミニスカートというセクシーな姿で現れて、
壮年殿が目のやり場に困るよな結果を招いてみたり。
どこかで何かが空回りするような事態にばかり、
縁が深いここ最近だったのにね。

 「えと…あの。//////」

一体何が起きているやら、
ただ一つ、間違いなく判っているのは、
大好きなお人にこれ以上はないほど、
ぎゅうと抱きすくめられているのだということで。
目が眩みそうになったのは、だが、
実際のところはほんの刹那という一瞬のこと。

  ―― ぱん・ぱぱんっと

後になって思い返しても、
それはそれは他愛ないほど軽くて乾いた音がして。
自分を厳重に、
冬の朝の冷たい外気からさえ護らんと抱きすくめてくれていたお人が。
だのに、その頼もしい身をぐらりと傾しがせ、
ゆっくりゆっくりその場へ頽れ落ちたのへ。

  「………勘兵衛様?」

今だけ離れていたものか、
相棒として組んでいたらしきお仲間の刑事さんが、
此方の様子に気づいて駈けて来る気配も届かないほどに、
気持ちがどんどんと現世から遠くなる。
世界中が自分を置き去りにし、
それ以上はない独りぼっちにしたかのような。
そんな仕打ちに胸を深々と抉られたけれど、
今はまだ届き切らない痛さゆえ、ピンと来なくての呆然とし。
気がつけば、今度はこちらが路上に座り込む格好で抱き締めていた、
頼もしかったはずの勘兵衛の身の重さを実感しつつ。
徐々に徐々に、
うなじの奥やら細い背中が絶望から硬く締めつけられてゆく、
そんな痛さに襲われつつある七郎次だったのであった。






NEXT


  *さあさあ、
   また何か、とんでもない話を始めるつもりなようですよ、このお人。
   集中力がもてばいんですけれどもね。
(こら)


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